この部屋で見るもの
木の箱に漆を塗り、乾かさずに湿った箱へ入れて固める。それを何度も繰り返すと、この黒い面ができる。
硯箱(すずりばこ)、樵(きこり)の図。江戸時代・18〜19世紀初頭。 メトロポリタン美術館蔵(29.100.689・パブリックドメイン)8
01
室(むろ)の湿度
板の上の漆
まだ濡れている
つまみを動かすと、その湿度でやり直す。
ここまでが「指触乾燥」。硬くなるのは、この先。
02
酸素は、表面からしか入ってこない。
だから一度に厚く塗ると、表面だけが先に固まって、中が液体のまま残る——
漆は厚く塗装すると表面だけが乾いて芯乾きしない
3。
漆塗りが「薄く塗って室に入れる」の繰り返しになっているのは、そのためだ。 下のボタンで塗り方を切り替えると、板の断面がどう変わるかが見える。
塗り方
仕上がり
—
左右のボタンは何度でも押せる。断面はその場で描き替わる。
厚く塗る抜け道もある。 豆腐やゼラチン、卵白を混ぜると、漆は乾きが早くなり、厚く塗れるようになる。 絞漆(しぼうるし)と呼ばれる技法だ3。
重ねた層は、ふだん見えない。見えるようになるのは使い込んだときだ。
中世の紀州・根来寺で作られた器に始まるとされる「根来」は、
黒漆の上に朱漆を塗り重ねた器を指す6。
細見美術館の解説はこう書いている——
経年によって上塗の朱漆が擦れて中塗の黒漆が現れ、味わい深い塗肌となります
6。
塗った順番が、減ることで表に出てくる。
03
割れた器を手当てする
いまの状態
割れたまま
押すと工程が順に進む。待つ時間は縮めてある。
乾かせば固まる、が通じない。
この部屋のまとめ
漆は、湿った空気の中でしか固まらない。
持ち帰るもの
漆の「乾く」は、酵素が空気中の酸素と反応して、分子を網の目につなぐことだ1。 水が抜けることではない。その酵素は漆の中の水ではたらくので、湿った室が要る。 酸素は表面からしか入らないから、厚くは塗れず、薄く何度も重ねることになる3。 重ねた層は、擦れてはじめて見える6。 そして同じ漆が、割れた器を接ぐ接着剤にもなる7。
漆掻きは樹齢10年以上の木に傷をつけ、にじむ樹液を掻き採る。 10年ものの木1本から1年で採れるのは200グラムほどで、汁椀数個分にしかならない2。 職人はそれを「漆の一滴は血の一滴」と呼ぶ2。
硬化のしくみについては、香川県の解説が「空気中の水分から酸素を取り込み」と書いている2。 一方、林野庁は「空気中の酸素と反応する」1、 寺田は「空気中の酸素が漆主成分のウルシオールを酸化して」3と書く。 酸素は水からではなく空気から来るので、この部屋では後者を採った。 年代についても、函館市は南茅部地域の遺跡群の成果として「世界最古の漆製品」と記しているが5、 中国にも最古とされる漆製品があり、どちらが古いかを示す一次資料をこちらで確認できなかったため、 最古かどうかには踏み込まず、「日本最古」とされる年代までにとどめた4。