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Urushi

漆 — 乾かすと、固まらない

たいていの塗料は、乾かせば固まる。水や溶剤が抜けて、残ったものが膜になるからだ。

漆は、そうならない。乾かすと、いつまでも固まらない。

漆を固めているのは、中にいる酵素だ。酵素がはたらくには、水と、空気中の酸素がいる1。 だから漆を塗った職人は、それを乾かさない。「室(むろ)」という湿った箱に入れて待つ1。 日本でいちばん古い漆製品は、約9,000年前までさかのぼる4。 やっていることは、いまも変わっていない。

黒漆の硯箱の蓋。深い黒の面がやわらかく光をかえし、そこに金で描かれた薪の束と、螺鈿を嵌めた人物が浮かんでいる。

この部屋で見るもの

木の箱に漆を塗り、乾かさずに湿った箱へ入れて固める。それを何度も繰り返すと、この黒い面ができる。

  • 黒漆塗って固めてを繰り返した面
  • 金漆で線を描き、金粉をふったところ
  • 螺鈿貝を薄く削って嵌めたところ

硯箱(すずりばこ)、樵(きこり)の図。江戸時代・18〜19世紀初頭。 メトロポリタン美術館蔵(29.100.689・パブリックドメイン)8

01

乾かすと、
固まらない

漆の中には酵素が入っている。酵素は生き物がつくる部品で、はたらくのに水がいる。 この酵素が空気中の酸素を使って、漆の成分どうしをつなぐ。 つながった分子が網の目になり、液体だった漆が固体になる1。

漆の中には、もともと水が小さな粒になって混ざっている。酵素は、その水の中にいる3。 だから漆は、まわりの空気が湿っていないと固まらない。 林野庁は一行で書いている——高温・乾燥状態では漆は『乾き』ません1。 いちばんよくはたらくのは、温度20〜25度・湿度75〜85%1。

下のつまみは、その「室」の湿度だ。動かすと、塗ったばかりの漆の面がどうなるかが変わる。

室(むろ)の湿度

カラカラ 20%90% しっとり
0時間め

板の上の漆

まだ濡れている

つまみを動かすと、その湿度でやり直す。

熱ければいい、でもない。 酵素は、熱を加えれば死ぬ。 漆は生きているから加熱すると酵素が死滅し、漆室中に置いても乾燥しなくなる3。 何度で死ぬかは資料によって40度台から60度まで幅があり、一つに定まっていない。 漆風呂が檜や杉の板で密閉されているのは、この狭い幅を保つためだ2。

固まるのは、二度ある。 室に入れて数時間たつと、漆は指に付かなくなる。これを指触乾燥と呼ぶ。 そこで終わりではない。室から出してさらに20日ほど置くと合成樹脂塗料なみの硬さになり、 長い年月のあとには釘も通らない程に硬くなる3。 上のつまみで見ているのは、一度めのほうだ。

02

薄く、何度も

酸素は、表面からしか入ってこない。 だから一度に厚く塗ると、表面だけが先に固まって、中が液体のまま残る—— 漆は厚く塗装すると表面だけが乾いて芯乾きしない3。

漆塗りが「薄く塗って室に入れる」の繰り返しになっているのは、そのためだ。 下のボタンで塗り方を切り替えると、板の断面がどう変わるかが見える。

塗り方

  • 黒漆鉄分を加えた漆
  • 朱漆ベンガラを加えた漆
  • 木地下の木

仕上がり

—

左右のボタンは何度でも押せる。断面はその場で描き替わる。

厚く塗る抜け道もある。 豆腐やゼラチン、卵白を混ぜると、漆は乾きが早くなり、厚く塗れるようになる。 絞漆(しぼうるし)と呼ばれる技法だ3。

重ねた層は、ふだん見えない。見えるようになるのは使い込んだときだ。

中世の紀州・根来寺で作られた器に始まるとされる「根来」は、 黒漆の上に朱漆を塗り重ねた器を指す6。 細見美術館の解説はこう書いている—— 経年によって上塗の朱漆が擦れて中塗の黒漆が現れ、味わい深い塗肌となります6。 塗った順番が、減ることで表に出てくる。

根来の高台鉢。鮮やかな朱の地のところどころに、下の黒漆が点々と覗いている。
高台鉢(根来、桃山時代・16世紀後半–17世紀初頭)。 朱漆の下から黒漆が点々と出ている。擦れた場所が、そのまま塗り重ねの記録になっている。 メトロポリタン美術館蔵(2015.500.2.12・パブリックドメイン)9

03

割れたら、接ぐ

ここまで、漆は塗るものだった。同じ漆が、くっつけるものにもなる。 割れた器を漆で接ぎ、継ぎ目に金を蒔く手当てを金継ぎという。

接着に使うのは小麦粉を練り込んだ「麦漆」、隙間を埋めるのは木の粉を練り込んだ「刻苧漆」7。 接いだあとは、やはり室に入れる。固まってから継ぎ目に朱色の漆で線を描き、その上に金粉をふる7。 接着剤もまた、湿った空気の中でしか固まらない。

手当てを受けているのは、焼き物のほうだ。漆は、接着剤と、線を引く塗料として出てくる。

割れた器を手当てする

  1. 破片を合わせ、麦漆で接ぐ
  2. 刻苧漆で隙間を埋める
  3. 室に入れて固める
  4. 朱漆で線を描く
  5. 金粉を蒔く

いまの状態

割れたまま

押すと工程が順に進む。待つ時間は縮めてある。

乾かせば固まる、が通じない。
漆は、湿った空気の中でしか固まらない。

この部屋のまとめ

持ち帰るもの

漆の「乾く」は、酵素が空気中の酸素と反応して、分子を網の目につなぐことだ1。 水が抜けることではない。その酵素は漆の中の水ではたらくので、湿った室が要る。 酸素は表面からしか入らないから、厚くは塗れず、薄く何度も重ねることになる3。 重ねた層は、擦れてはじめて見える6。 そして同じ漆が、割れた器を接ぐ接着剤にもなる7。

漆掻きは樹齢10年以上の木に傷をつけ、にじむ樹液を掻き採る。 10年ものの木1本から1年で採れるのは200グラムほどで、汁椀数個分にしかならない2。 職人はそれを「漆の一滴は血の一滴」と呼ぶ2。

信楽の茶壺。胴から肩にかけて、割れた線に沿って金色の継ぎ目が何本も走っている。
信楽茶壺(江戸時代・17世紀)。 割れた線に沿って、漆で接いだ上に金が蒔かれている。 メトロポリタン美術館蔵(2015.300.274・パブリックドメイン)10

出典

  1. 林野庁「漆の化学」(ラッカーゼは空気中の酸素と反応する/最も活性化するのは温度20〜25度・湿度75〜85%/高温・乾燥状態では乾かない/漆風呂) https://www.rinya.maff.go.jp/j/tokuyou/urusi/kagaku.html
  2. 香川県「漆とは」(主成分ウルシオール/黒漆は鉄粉・水酸化鉄、朱漆はベンガラ等/漆風呂の構造/漆掻き・樹齢10年以上・年200グラム・「漆の一滴は血の一滴」) https://www.pref.kagawa.lg.jp/shitsugei/sitsugei/history/urushi.html
  3. 寺田晃「漆の乾燥機構」『梅光女学院大学論集』31、66–74頁、1998年(二段階の硬化/指触乾燥と第二の乾燥/20日・釘も通らない/空気中の酸素でウルシオールを酸化/厚塗りは芯乾きしない/絞漆/加熱すると酵素が死滅/漆の中の水と酵素)。山口県大学共同リポジトリ収録 https://ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/bg/601
  4. 秋田県埋蔵文化財センター「ミニコラム 第11回 漆工芸のルーツ」(日本最古の漆製品は縄文時代早期・9,000年前の北海道垣ノ島B遺跡出土) https://common3.pref.akita.lg.jp/maibun/html/documents/column/H20minicolumn.pdf
  5. 函館市「【世界遺産】縄文文化と『北海道・北東北の縄文遺跡群』」(垣ノ島B遺跡出土漆糸製品・垣ノ島遺跡は縄文時代早期〜後期の集落跡) https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2017122200100/
  6. 細見美術館「細見コレクションの漆芸 根来 NEGORO -朱と黒のかたち-」(根来の定義・経年で朱が擦れ黒が現れる・紀州根来寺に始まるとされる) https://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex075/index.html
  7. 日本金継ぎ協会「金継ぎとは」(麦漆・刻苧漆・錆漆/湿度70%以上・温度20〜25度の室/数週間後に朱色の漆で線を描き、その上から金粉) https://japankintsugi.com/about/message/
  8. The Metropolitan Museum of Art, Writing Box (Suzuribako) with Woodcutter, Edo period, 18th or early 19th century(29.100.689・CC0) https://www.metmuseum.org/art/collection/search/45562
  9. The Metropolitan Museum of Art, Footed Bowl, Negoro ware, Momoyama period(2015.500.2.12・CC0) https://www.metmuseum.org/art/collection/search/40302
  10. The Metropolitan Museum of Art, Shigaraki Tea Jar (Chatsubo), Edo period, 17th century, gold lacquer repairs(2015.300.274・CC0) https://www.metmuseum.org/art/collection/search/670995

硬化のしくみについては、香川県の解説が「空気中の水分から酸素を取り込み」と書いている2。 一方、林野庁は「空気中の酸素と反応する」1、 寺田は「空気中の酸素が漆主成分のウルシオールを酸化して」3と書く。 酸素は水からではなく空気から来るので、この部屋では後者を採った。 年代についても、函館市は南茅部地域の遺跡群の成果として「世界最古の漆製品」と記しているが5、 中国にも最古とされる漆製品があり、どちらが古いかを示す一次資料をこちらで確認できなかったため、 最古かどうかには踏み込まず、「日本最古」とされる年代までにとどめた4。

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