01
いちばん古い布は、
木だった
布をつくるには、まず糸がいる。そして糸は、植物からしか始まらなかった。
トルコ南部の新石器時代の集落チャタルヒュユクから、約8500〜8700年前の布の切れ端が見つかっている。世界でもっとも古い織物のひとつだ。1960年代に発掘されたとき、繊維は亜麻(リネン)と同定された。ところがこの地域では亜麻を栽培した跡が出てこない。だから長いあいだ「よそから運ばれてきた高級品だろう」と考えられてきた。
2021年、研究者たちが走査型電子顕微鏡で繊維を見直した。結果はオーク(ナラ)の靭皮(じんぴ)繊維——樹皮の内側にある、やわらかい繊維の層だった。輸入品ではなく、足もとに生えている木を使っていたことになる。
繊維はそのままでは糸にならない。ばらばらの短い繊維は、引けば抜けてしまう。ねじると、繊維どうしが互いを締めつけて抜けなくなる。これが撚(よ)りで、人類が最初に発明した「材料を強くする技術」のひとつだ。下のボタンを押してみてほしい。
※さらに古い候補もある。ジョージアのジュジュアナ洞窟から出た約3万年前の繊維は、撚られ、結ばれ、染められていたと2009年に報告された。ただしその繊維を亜麻と同定できるかについては翌2010年に反論が出され、報告者の再反論を含めて決着していない。この部屋では「論争中」として扱い、年代の起点には採っていない。
02
上下を変えるだけで、
布は変わる
織りは、たった2種類の糸でできている。
先に張っておく縦方向の糸をたて糸、そこを横切っていく糸をよこ糸という。よこ糸は、たて糸の上を通るか、下をくぐるか、そのどちらかしかない。決められるのは、上か下かだけ。それなのに、この組み合わせを変えるだけで布の表情はまるごと変わる。
鍵になるのは浮き(うき)——1本の糸が、相手の糸を何本ぶん越えてから潜るか、という長さだ。浮きが短ければ交差が多くなり、糸は動けず、布は硬く強くなる。浮きが長ければ交差は減り、布はやわらかく落ち、表面に糸が長く並ぶぶん光を跳ね返す。
下の3つを押し分けてほしい。よこ糸が1本ずつ通されて、組織が立ち上がっていく。平織は市松に、綾織は斜めに、繻子(しゅす)織はつやのある面になる。組み方を変えただけで、糸も色も変えていない。
03
いちばん古い青は、
ペルーにあった
青は、いちばん手に入りにくい色だった。
赤や黄や茶は、土や根や樹皮から比較的たやすく採れる。ところが青い染料は植物から直接は出てこない。藍の葉に含まれるのは無色の前駆物質で、水に漬けて発酵させ、空気に触れさせて——という手順をふんではじめて青になる。偶然では生まれない、手順を知らないとできない色だ。
その最古の確かな証拠は、南米にある。ペルー北海岸のワカ・プリエタ遺跡から出た綿の縞布に残った青を、研究チームが高速液体クロマトグラフィーで分析し、藍の色素であるインジゴチンを検出した。年代は約6200〜6000年前。旧世界でいちばん古い藍(エジプト第5王朝・約4400年前)より、およそ1500年早い。
そして、染料はひとつに限らない。紫の染料がなくても、青と赤を重ねれば紫になる。下の2つを押して確かめてほしい。これはこのあと置いた実物に、そのままつながる話だ。
藍(青) 茜(赤) 重ねると紫
染めていない亜麻の
— メトロポリタン美術館が記録した、下の《つる草文の帯》(4〜6世紀)の素材。この1枚に、01の糸も、02の織りも、03の染めも入っている。
平織の地に、
藍と茜で染めた紫の毛糸。
実物をみる
織りが教えるのは、選択肢が2つしかなくても、組み合わせ方で世界は増えるということだ。よこ糸にできるのは「上を通る」「下をくぐる」だけ。それでも、ずらしかたを決めるだけで斜めの線が生まれ、浮きを長くするだけでつやが生まれる。素材を増やさずに表現を増やす——これはレイアウトでも配色でも同じ手つきになる。色をつくる話は「顔料と色」の部屋へ、小さな単位を並べて像にする話は「モザイク」の部屋へ続いている。
※チャタルヒュユクの繊維同定は2021年の電子顕微鏡調査(Antiquity誌)による。3万年前の染色繊維(ジョージア)は同定をめぐって論争が続いているため、年代の起点には採っていない。藍の年代は放射性炭素年代による前後層の値からの推定で、色素はインジゴチンとして機器分析で同定されている。02の織り機は三原組織のしくみを示す模式表現で、実在の布の複製ではない。染めの色は説明のための近似で、実際の染料の色そのものではない。全主張の台帳は museum/SOURCES.md。